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2009年09月 アーカイブ

2009年09月03日

獣肉食の禁忌が守られた

江戸時代には建前としては獣肉食の禁忌が守られた。特に上流階級はこの禁忌を守った。例えば狸汁は戦国時代には狸を使っていたが、江戸時代にはコンニャク、ごぼう、大根を煮たものに変わっている。獣肉食の禁忌は生類憐れみの令などが施された17世紀後半の元禄時代を頂点としており、それ以前や以後には部分的にではあるが獣肉食に関する記録が見られる。

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1613年(慶長18年)、平戸島に商館を開設したイギリスのジョン・サリス は陸路で大阪から駿河に向かう行程で書かれたとみられる日本人の食習慣に関する記述の中で、豚が多く飼育されていることに言及している1643年(寛永20年)の刊行とされる『料理物語』には、狸、鹿を具とした汁料理が紹介されている。1669年(寛文9年)に刊行された料理書『料理食道記』にも獣肉料理が登場する。1686年(貞享3年)に刊行された山城国の地理書『雍州府志』には、京都市中に獣肉店があったことが記されている。江戸後期の国学者喜多村信節は、著書『嬉遊笑覧』の中で、元禄前の延宝・天和の頃には江戸四ツ谷に獣市が立ったことを述べている。18世紀の書『和漢三才図会』第37「畜類」の冒頭豕(ぶた)の条では育てやすい豚が長崎や江戸で飼育されていることが述べられているが、大坂在住の著者は「本朝肉食を好ま」ないため近年は稀だとする。牛の条の注には、日用としては駄目だが禁止する必要はないとも書かれている。1733年(享保18年)に伊達家の橘川房常が書いた『料理集』には牛肉を粕漬けあるいは本汁として使うことができるが、食後150日は穢れる旨が書かれている。

2009年09月18日

自主独立路線

中ソに盲従することで党組織に壊滅的な打撃を受けた経験から、同党は「自主独立の重大性を認識させる契機」(同党第20回大会報告)となったという。しかし、同党が「ソ連などの覇権主義にたいする認識は、はじめから全面的であったわけではありません」(同)とのべているように、50年問題解決後も、ソ連のユーゴスラビア非難への同調、ソ連のハンガリー侵攻への支持をした。ハンガリー事件を契機に、学生などが共産党の影響をはなれ、全日本学生自治会総連合などにいた学生党員を中心に日本共産党に反対する共産主義グループがつくられていった。

合法活動路線への転換や1956年のスターリン批判を経て、元党員のトロツキー主義者らは日本トロツキスト聯盟(後の革命的共産主義者同盟)を結成、全日本学生自治会総連合の一部活動家らは共産主義者同盟を結成した。1960年の安保闘争では強硬な運動を主張する全学連指導部を一時簒奪した勢力が日本共産党を主要な打倒対象として激しく対立。共産党は彼らをまとめて「トロツキスト」と非難した(必ずしも批判された側すべてが「トロツキー」主義者であったわけではない)。

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1961年には綱領草案を巡る論争の中から日本独占資本を主敵とし、当面する革命を社会主義革命とする「一つの敵」論を主張する春日庄次郎、山田六左衛門ら構造改革派が離脱し共産主義労働者党を結成。

1964年には中・ソ対立の中で党の「中国共産党寄り路線に反対する」とし、国会での部分的核実験停止条約批准に党議拘束に反して賛成票を投じた衆議院議員の志賀義雄や、参議院議員の鈴木市蔵ら親ソ連派が除名され、「日本共産党 (日本のこえ)」を結成。

2009年09月28日

成人式は現在では

成人式は現在では、成人の日、またはその前日(常に日曜日になる)に開かれることが多い。

他に、その年のゴールデンウィークやお盆、あるいは松の内に行う市区町村も多い。特に郡部(町村)で多いが、これは就職や進学で地元を離れる人が多いので、実家に帰省する人が多いお盆や松の内に行うほうが参加しやすい、晴れ着などに金銭をかけなくて済むという配慮が働いていると思われる(特に岩手県では、半数以上の町村がお盆に開催している)。また、豪雪地では荒天で折角の晴れ着が汚れる、あるいは交通機関の乱れに巻き込まれるなどのアクシデントも考慮されている。

もともと成人式は、法律の趣旨にもあるように、一定の年齢に達した青年を行政などが祝福・激励し、これに対して参加者が、責任ある自立した社会人としてより良い社会の創造に貢献していくことを決意し、それを広く社会に啓蒙するためのものだった。
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しかし、1970年代に入ると、出席率の低迷、成人式離れがクローズアップされ始めた[2]。また、後述のモラルに対する批判から、敢えて出席を控えたり、「(荒れている新成人たちと)一緒にされたくない」「単なる目立ちたがり屋な餓鬼の集まり」「(誓いの言葉などで)登場する新成人は関係者の息子、娘」と冷ややかに見ている新成人も多い。
都市化の進展で、郡部の成人式出席該当者が減少し、一方で都市部の該当者が顕著に増加した。

郡部では、高校卒業後に大学進学や就職などで都市部に出て行ってしまう者が多く、大学生は冬休みが終わっていたり、社会人は既に正月三が日に休みをとっていて1月15日の成人式のためだけに帰省するのは困難な状況であった。

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